新しいユーザ接点

Yahoo! BLOGSを使い初めて一週間ほどだけど(http://blogs.yahoo.co.jp/h_radio1965)、やっぱ、他サイトとは桁違いの集客力を持つギガポータルだけあって、サーバー負荷とかセッション不良によると見られるトラブルが多いみたいだね。ベータ版ってことに同意してモニター利用をしているんだから、この程度のトラブルで騒ぐ人もいないだろうなって思っていたんだけど、先日、このサービスを利用しているという友人との話のなかで、サーバの重さやGW中から続くのトラブルに対して怒っている、というようなことを聞き、んー、ちょっと考えなきゃならないんじゃないかなぁ、と思ってしまった。

■ポイントは何かっていうと、≪ネット利用者の裾野ってのはここまで拡がったんだ≫、ってことだ。
そして、≪今までのユーザ対策じゃダメなところにきている可能性が高い≫ってことだ。

この説明は、ちょっとまどろっこしい。

■激しく周知の話を展開していくけど、2001年からこっち、日本の「ブロードバンド」利用者が爆発的に増加したのは、Yahoo!BBの参入と同時に展開されたプロモーションによる拡販施策に拠るものが大きい。

■当時、東西NTTを含む既存キャリア各社&プロバイダーは、事業戦略として
   (1)「顕在化しているインターネットユーザ層、特にISDN利用者をxDSLにスイッチさせる」
   (2)「潜在的ユーザの掘り起こしからユーザ層を拡大する」
 の2点を設定し、プロモーション戦略としては、
   (1)「他社ユーザの「乗り換え」促進を中心とした展開(スイッチで○ヶ月無料やアフェリエイトなど)」
   (2)については「紹介キャンペーン」(ネット上でのユーザ・ゲット・ユーザ)
 を掲げていた。つまりどっちも「ネット」「ブロードバンド」にそもそもニーズがある層に対してのコミュニケーションだったので、ネット上の接点に重点を置いていたのだ。

■それに対し、キャリア&プロバイダーとしては後発であるYahoo! BBは、≪日本のインターネットキャリア&プロバイダーとして初めて≫、インターネットに対してまったく興味も関心もなかった層を接触的に取り込むという戦略をとったわけ。

Yahoo! BBが、潜在的なレベルですらニーズのない人たち、インターネットサービスに対してその当時の彼らの人生にまったくプル要素のない人たちをユーザとして取り込むために採用したプロモーション戦略が、
   (1)「サービスカテゴリの言い換え」
   (2)「接点の発想転換」
 の2つである。

■どういうことかというと、(1)は、インターネットについて何も知らない人たちに対して、「ブロードバンド」とか「ADSL」というコトバを一切使わずにユーザを拡大する手法を発明したってこった。
 「インターネット」というカテゴリへの接触リアリティのないターゲットにプッシュするために、Yahoo! BBがフロントに打ち出したのが、もっと身近なサービスの顔だ。つまり、≪電話≫というカテゴリ。
 つまり「ブロードバンド」というコトバを使うのではなくて、「電話(BBフォン)」というコトバを使ったわけ。
 これにより、パソコンすら持っていない層にも、見慣れた顔で接触することができる。
 何しろ「電話」だ。日本って国では電話ってもんは、どこの家にでもあるし、めちゃくちゃ使い慣れたサービスだわな。「電話」は、日本人一般の生活圏に当然のものとして存在してるものなんだよね。どういうことかってえと、インターネットなんて言ってもワケがわからんが、「電話」ならわかりすぎるくらいにわかるってことだ。

 そして、≪電話が安くなる≫ってのは、とてもとてもわかりやすいユーザメリットだったわけだ。たしかに、「早いインターネットつなぎ放題」より「日本全国7.5円の電話」のほうがはるかに広い人々にリーチするわな。

 (1)の方針が決まると(2)はとても簡単に引き出される。既存各社は「インターネット」というカテゴリで勝負していたのでターゲットとの接点は「ネット」中心だったわけだが、Yahoo!BBは、何しろ「電話」だから「ネット」で集客する必要はなかった。

 つまり、≪そこいらじゅうを歩いている人々すべて≫が対象になるってわけ。

 インターネット契約数が約3400万件、ブロードバンド利用者が2,000万件うちFTTH加入数が300万件という時代(注1)、今でこそみんなブロードバンド当たり前、ネットはすべてのカテゴリの商品・サービスにとってもっとも有効な接触メディアってことになっているけど、2002年当時、みんながみんなブロードバンドって何かってことを知っているわけじゃなかったじゃん。
 だから、あの駅前のプロモーションが有効だったんだよね。駅前ってのは、たいていの消費者にとって重要な「生活導線」だから、広い層に向けての、ずば抜けた集客力と接触力があるわけ。あとは、重点的に攻略すべきターゲットの層に応じて駅を選択すりゃいいんだよね。ビジネス街、歓楽街、そして住宅街。導入効果を測定しながらプロモーション投下ポイントを選定していくって作業だよね。しかも無料サンプリングで機材を持ち返させるという方法をとることで、≪買いのアクション≫と直接結びついたプロモーション+営業の形を作った。
 
注1):「2005年度版 ブロードバンド回線市場の動向調査 リリース(矢野経済研究所2005.4.14)」
http://www.yanoresearch.jp/pdf/press/050414.pdf


■「ブロードバンド」っていうカテゴリから「電話」というカテゴリへのコトバの言い換えと、地道でベタベタなBelow the line。その2つの戦略で、日本のブロードバンドユーザ数を爆発的に増やしたのが、Yahoo! BB だったってわけ。


■最初の話戻ろう。
 「≪ネット利用者の裾野ってのはここまで拡がったんだ≫、ってことだ」ってとこにね。たとえば、自動車ユーザってのは「自動車の消費に対するある程度の常識」ってのを暗黙のうちに持っている。車検が必要だとか、点検のこと、オイル交換とか給油のことなどだ。でも、上のようなプロモーションで獲得した新しいインターネットユーザってのは、パソコンとかインターネットとかブロードバンドとかASPとか、それまで期待可能だった常識ってのとは違うレベルでサービスを評価する層になっている。そしてそれが重要なのよ。
 インターネットサービス企業とかソフトウェア業界、とくにコンシューマ(一般消費者)向けのITサービス企業がそれまで想定してしたサービスは、「ベータと言えばベータ」「無料ASPといえば無料ASP」「ベータテストの間にサーバ負荷によるトラブルが起こっても障害報告で詳細の発表と謝罪が求められるだけであり、それを「使えないじゃないか」と怒鳴られる筋合いはない」「たとえ有料サービスであってもトラブルは起こる、その場合の対処は詳細の報告と謝罪」ってところが事実上の常識だったことだろう。これは、ネットに限らず、たとえば、ゲームユーザでソフトの発売が遅れることなんかにいちいち目くじらをたてて怒り倒す人ってのはいないでしょ。それが、事実上の常識の範囲。

■これまでは、実際にそれでやっていけた。だから、Yahoo!BLOGSも、ブログ作成の前に、・・≪目に触れるところに≫・・ちゃんと、「このサービスは正式版じゃなくて、ベータ版ですよ〜。トラブルありますよ〜。ご了承くださいよ〜。」ということを書いているわけ。これはエクスキューズなんだよね。事前にエクスキューズをしているから、ユーザは何が起こっても文句言う筋合いじゃないわけ。
 しっかし、皮肉にもYahoo! BBがブロードバンドの世界に引き入れてしまった無辜の新勢力ってのは、ベータだろうが実験だろうが、そんな不安定なサービスじゃ満足できないっすよ、っていう層なのよね。つまりそれまでの「常識」の修正が求められるってわけ。

■やっとやっとで火がついてきた感じのするブログ系ASPで、ベータ版ということの意味すら知らないユーザが、過剰な期待をこめて、データすべてが失われる可能性すら残っているベータテスト版のサービスに続々と登録し、バックアップもなしに情報を蓄積しはじめた。
 おいおい、そもそもここはインターネットだぜ。もっとも不安定で信頼性に欠け通信の安全性もひったくれもない、下仁田コンニャク並みにふにゃふにゃのお粗末な通信インフラだぜ。
 そして、そういうユーザは、「サーバ負荷」なんていう≪よくある話≫に対して、いちいち苛立ち、怒り、クレームをぶつけるようになった。
 これは、≪ネットとはいえ、無料とはいえ、ベータとはいえ、そ・う・い・う・レ・ベ・ル・のサービスの質を求められる時代になったってこと≫なんだよね。
 コンビニに来る客が「コンビニだからしようがない」とは思わないのはなぜか。それは彼らの導線上に「東京ディズニーランド」があるからだ。つまり、レベルの高いサービスに接しているユーザにとっては、カテゴリや条件の違いなんてのは関係ないってこった。

■≪安い電話≫ってことでインターネットの世界に入ってきたユーザは、「電話が通じなくなったら大事故だ」って意識の持ちかたと同様に、「ブログが繋がらないこと」「データが飛ぶこと」に対して過剰に反応する。

 そしてその反応は、≪正しく現実を反映している反応≫なのだ。

 つまり、ブログやSNSを含むASP事業者は、これから先、無料だろうがベータだろうが、「安定していない」だの「トラブルが起こる」ってことを許されない地平でサービスを提供しなきゃなんないってことなんだ。
 それは、掃除機やテレビと同じレベルで、ってことだ。
 リテラシーの高さってのは、我慢強さの謂いじゃないからね。それを勘違いさせることで、コンピュータ関連のサービスってのは、心のひろい優しく上品なゲストを相手にできた。つまりあらかじめ書かれていることに承認したからには、文句を言わないって層だ。だけど、現実の世界ってのは、ちょっとしたことで切れる消費者がそこいらじゅうを歩いているのである。牛丼ごときで店員をぶん殴るヒステリックで感情的な消費者ってのは、特殊なんじゃないってことよ。そこから、ユーザホスピタリティってのを考えざるを得ないの。

■まあ、こんな話を前提にしていながら、まったく別の話に続けて恐縮なんだけど、Yahoo!の思惑ってのを考えると、次のようなことになるのかな。

■由緒正しい紳士、永遠のフォロワーであるインフォシーク、多少能天気なオタクポータルのライブドア、スタイル重視のエキサイト、そしてメガポータルを抱える各プロバイダがブログサイトを展開するのと、Yahoo!が展開することとの決定的な違いある。

 それは、ポータルサイトトップランナーであるYahoo!ブログってのは、他サイトとのアクセス数の差ってのを、指数関数的に広げるエンジンになり兼ねないってことだ。つまり、ブログ数と平均読み手数の乗算が1日の最大インプレッションだから、ブログ数も最大、読み手数(導線数)も最大のサイトでは理論上差ってのは乗数的になるわけ。まさにポータルコンテンツとは、次元が違うわけ。

 Yahoo!は、可能性として、そのトップページの広告枠収入をはるかに超える収入を得る媒体を手に入れかもしれないんだよね。

 するとさ、「ベータ」って何の「ベータ」なの? ってのが見える。

 Yahoo! BLOGSの「ベータ」ってのは、実のところはさ、ブロガーに対するエクスキューズではなくて、広告主に対するエクスキューズなんだよね。今のところ各ブログには広告は入ってないよね。だけど正式版リリース後は、広告ビジネスの場になるわけ。
 「ベータ」である限り広告ビジネスはあり得ない。まあ、ちょっと前の某渋谷系メディアレップの広告商材はちょくちょくトラブってて媒体社や広告代理店への出入り禁止になったとか言うような話をよく聞いたが、それと媒体社であるYahoo!がトラブるのとはわけが違う。テレビにとって放送事故が致命的なのは、視聴者に対してではなくスポンサーに対してってことだよね。それと一緒。ときどき重くなって、使えなくなる媒体に、広告は出せない。インプレッション保証にせよクリック保証にせよアフェリエイトにせよ、媒体が安定していないところに広告はないんだ。

■当たり前だがYahoo! BLOGSが正式リリースして、それが広告モデルで運用されるようになると、お客さまってのは、ブログの書き手じゃなくて広告主様なのよね。書き手は単なる「ユーザ」。そして、開発赤字やサーバ代金、回線料が回収できないとかの要因で、Yahoo!の事業計画上不要になれば、経営判断として「いつでも中止できるサービス」としてあるんだわ。

■ブログってのは、とても簡単にWEBサイトを持ち、更新することのできる便利なシステムだ。それだけに、今までサーバ側のトラブルで痛い目にあったことのない人たち、「インターネットなんてこんなもんさ」という感覚のない人たちがどんどん流入してくる
 一方、Yahoo!にとっては、広告メディアとしての収支以外には、ブログサイト事業の評価軸はあり得ない。これがインターネットでの無料ビジネスの「事実上の常識」。恐らく、今まではそれでOKだったし、
 でも、今回のユーザ層は、そんな簡単にはいかないんじゃないかな。コンテンツをせっせと作ることを覚え、その楽しさやつながりの貴重さに気づいてライフスタイルなかに取り込んでしまったユーザたちには、そういうことを許すだけの論理的な納得を期待できない。論理的納得ってのは、ルールとして事前に≪書いておけば文句はいえない≫という程度の意味だ。しっかし、実際のYahoo!BLOGSのユーザは、≪怒りの感情こそが、正しい≫というようなレベルの、過敏で過激でヒステリックな≪傷つきやすい消費者たち≫であることを忘れちゃならない。

■そういう消費者と、どう向き合うかっていうと。
 そこには、無限の譲歩の謂いである≪誠意≫とかいう、メンタルな技術が必要になるってことなんだろうね。

■実際は、ユーザは無料で利用しているんではなくて、無料でYahoo!のコンテンツを生成してくれているのである。だからこそ、上質なコンテンツ生成マシンを無料で飼いならしておき、そのご機嫌をそこねないようにしなきゃなんない。ブログサイトを活性化するってことは、媒体としての価値を高めることにとって非常に重要な課題だからね。
 ユーザがそっぽを向いた途端に、コミュニティ系のサービスは衰退し、閑古鳥の鳴いている媒体には広告価値はないから。 

■コンシューマ向けのITサービス企業にとって、そういう一般消費材のユーザに近いところの層に対して、どう対処していくべきかってことは、ホント大変な負荷のかかる重要な課題だ。
 しかし≪安い電話≫という旗を降って無差別にブロードバンドの裾野を広げ続けてきたYahoo!グループとして、そういうことも、Yahoo!は考え始めなきゃならないところにきているのかもしれない。


(C)2005.5.12 SQUATTERS NODE,Inc. All rights reserved.