you should stop this,you should stop this,you should help me

24日の状況は最悪。Twitterの情報をざっとフォローしてるが、本当に雑にまとめると、
Basijiと警備隊は過激化してる。ひとをひとと思っていないというコメントもあった。
肉の塊、動物であるかのように過剰な暴力を抗議デモのひとたちに与えている。
警棒と綱とで市民を攻撃し、骨が折れる音を聞いたという人もいる。何度も。
何人もの人々が頭を撃たれ、腕や足をこっぴどく叩かれ重傷を負う。
死者の数、重傷者の数はわからないが、あたり前だが、数が重要なんじゃない。
Nedaが象徴化されるスピードはすごく早かったが、死んだそれぞれの人たちにNedaと同じ人生があって、
肉親がいて、フィアンセがいて、夢があったはずだ。
彼らは、「愛するイラン」と口にする。アラーは偉大だと口にする。

どこかの写真サイトで、連帯の意思を書きこんだイスラエル人がいた。
米国の連中も#iranelectionに連帯の意思を持っている。
糞ブッシュが、悪の枢軸国リストに挙げ、イラクの次の攻撃目標として戦争したがってしかたなかった国を
その糞大統領を選んだ国民が、今、イランの人々の生の映像を見て、町並みを見て、Twitterに次々に上げられるメッセージを読み
涙し、嘆き、勇気を送り、「フォローしている」。

Twitterは、感情で受け止めれば良いのだ。もともと、つぶやきのツールなんだから。
数日前、リアルタイムで和訳を流していたnofrillsが、徹夜で次々と確認できる情報に泣きっぱなしで書きつづけているという告白を読んだ気がする。MBerganeは、店がすべて閉まってて、どこにも行けない。Basijがずっとヘリで人々を監視してるから出かけられない、と書いたあとしばらくして、「今から、出かけなくてはならない、レポートするんだ」とつぶやいて出かけた。政治背景や陰謀なんかどうでも良い、これは俺たちの革命なんだ、いまここで本当に起きていることなんだ、と彼が語っていたのはその前日だ。

彼らを目撃しろ。
そして彼らに感謝しろ。連帯しろ。

データや客観的な記事や選挙不正の証拠のような分析じゃなくて客観的な事実や歴史や政治体制やイデオロギーじゃなくて、いま、起こっていることをフォローするのが、連帯なのだ。それは情緒的にすぎるかもしれないが、この場合、情緒は正しい。人が殺され血がなされているという事実、論理的に語る必要のないことを論理的に語りたいという欲求のほうがおかしいのだ。

Twitterの情報は、誰かが自動的にあげているのではなくて、手作業でひとつひとつRTしたり翻訳しているものだ。
それを動かしているのは、連帯と共感だ。「最先端のインターネットの使い方を体験しよう」というような実験はどうでもいいんだ。

■抗議活動で銃殺された遺体を引き取るには、$3000を「銃弾税」として支払わなければならない。
■国営テレビは、NEDAの虐殺は、テロリストグループと関係がある、なんて、驚くべきデマを放送している。
■世界がNEDAを嘆き悲しんでる
http://tinyurl.com/md93zp
■ 「彼らが抗議できないなら僕たちがする」Protest for Iran
世界じゅうのデモ、抗議活動の告知
http://cli.gs/zN10v
■イランの検閲とネット遮断をサポートしたノキアシーメンスへのボイコットを!
http://campaigns.aicongress.org/nokia
■"Baharistan Sq.ではまさに大虐殺が起こっている。"
http://bit.ly/fRb8M
■イラン国内の女性が電話インタビューで答えている音声
http://www.youtube.com/watch?v=mEtVRgZ3Szw&feature=player_embedded
■abc そこいらじゅう血だらけ。
http://bit.ly/c40dh
■国際社会へ、イランより
http://anoniran.blogspot.com/2009/06/message-to-international-community-from.html