イタリアの思想風土

程度のことは、無視したらダメでしょ。彼らのスゴイところは、具体的でわかりやすいものは勉強熱心だが、トニ・ネグリとかの延長上に、スローフード運動なんてもんは配置されるってことをシカトできちゃうあたりで、これはまさに、「わっかんなーい」ものは、無いことにするっていうアクロバティクな営み。まずは、ここんとこから修正しないと、バカが旨いもん喰って酒飲んで終わりっていう、消費資本主義の傘の下での活動。体制を斜めから支えているだけの運動になっちゃうでしょ。TBSビジョンとかいう在京キー局の子会社、プロダクションのプロデューサーという肩書きをいちいち前に出しながら仕事しているせいか、横浜スローフード協会の毛利氏の物言いには、驚かされた。

だって、いきなり、「私は発注者だ」だもの。

おいおい、それって搾取する側とされる側ってことですかね。

つまり、金はらってんだから、てめーら奴隷として従え、と。
シチュエーションを想像してみようよ。<主従関係>をはっきりさせたい、そういう権力欲、権力主義的な局面でしか、「私は発注者」という自己規定は出てこないだろ。おいおい、そんな封建的な前近代的な思想しか持ち得ない人が・・・・何がスローフードですかってことなのよ。

「私は謝罪しない、むしろ私が君の非礼を許す」

このコトバもご立派。
「君の非礼」ってなんだ。毛利さんってのは、どんな高みにいる人なんだ??

とにかく、こういうインチキ極まりない思想の程度しか持ち合わせていない方が、運動だの活動だのといきましている現状ってのは、イカリングによる善意の大量生産・大量消費と同じで・・・まあ、スローフードなんてコトバ自体が、消費されていくに過ぎないんだけどね。ほら、純粋にボランティアだ、とか言っちゃう人はいるわけじゃん、そういうイノセンスな精神を巻き込んじゃだめだと思うんだ。

もちろん、イノセンスであるってことは、これは、大罪だ。

だけど、その大儀を、もっともインチキな自らの権力志向、権威主義を固めるためだけに使うってのは、もっとダメだよね。ほら、そういう意味では、こういう組織を俺たちは見知っているよな。オウムとかと一緒ってことだわ。

幸か不幸か、横浜スローフード協会の毛利氏は、反体制ではない。それどころか彼の活動の根底に「社会と個人との矛盾」の問題は、さらさらない。クセの悪いスノビズムそのものであり、消費活動そのものであり、善意という欺瞞の押し売りそのものなんだ。

だから、人のことを「あなたは受託者で、私が発注者だ」などと言える。

まあ、この問題は、MIXIで提示した公開質問に、毛利氏自身が答えないので、進展がないわけですが・・・
まあ、そのうち、見えてくるでしょう。
スローフードというコカコーラ並みの商品のエバンジェリストたちのグロテスクな姿が。