DOWNER TRIOの奇跡

私見で恐縮だが、90年代後半で最もスゴイことをしてたミュージシャンの中の1人が、Joel rl Phelpsだと思っている。いきなりのSilkworm脱退。そして新しいバンドであるDownersTrioを率いての奇跡的なファストアルバムである"Warm Springs Night"では、PA慣れしていないアマチュアバンドのようなスケスケのサウンドで、ほとんど歌と歌詞だけの勝負で刺激的な音楽を聴かせる。"Lady Lucero" "Warm Springs Night" "Ave Patricia" "The Graze And The Graves" "There Is Not Enough"・・・どれも完成度の高い曲ばかりである。アルバム"3"は僕の中で90年代のベスト。
"Inland Empires"(2001) このアルバムが出たとき、スグに購入した。涙が出た。ヘロイン中毒で姉(妹?)が自殺したことをテーマとしたこのアルバムにはオリジナル曲は一曲だけしか入ってなかった。大きな人気はなかったが、Joelを本当に必要としているファンがいたにも関わらず、このアルバム以降、Joelは長い休眠に入る。ときどきどこそこのライブに出たという情報がウェブサイトに上ることもあった。だけど、誰もが待ち望んでいた次のアルバムは出なかった。このままJoelは音楽活動をやめてしまうのではないかという書き込みも目立ち始めた。

2004年"Customs"が出たとき、本当に僕は安心した。
僕はといえば、結婚をし、自分を客観的に映す鏡としての他者である妻との生活にかなり戸惑いながらも「家族」という形を作り上げはじめる・・・。それまでの生活がガラッと変わり、仕事も上手く回り出す兆しを見せ始めていた頃だ。2004年がなければ今の僕も、僕の会社もない。

Joelに関して言えば、新しいアルバムが出たことを、「死」を乗り越えたとか、そういう言葉で語らされる必要はない。僕が過剰に心配していただけのような気もする。何せ、"Customs"の後に、また、長いブランクに入っているのだから

ってなワケで、2001年の"Worm Springs Night"について以前にAmazonに書いた文章・・・
ダメダメなものですが、あえて転載しておきますね。

"Joelはどこにいったのか" 2002/7/2
By "hiden"
 書こうかどうか迷った。本当に・・・。
 Christine Mcvieの名曲"Songbird"にはじまる7曲は、1曲をのぞいてすべてがカヴァー。倍音を自由に操る高音域の張り、低声域の語りかけるような優しさ、この希有なヴォーカリストは自在に原曲を越えていく。・・・でも、そんなことはどうでもいいんだ。メソジスト教会の伝道師を父に持ったJoelが、 Silkworm時代に吹き込んだ馬鹿陽気なクリスマスキャロル"In the bleak Midwinter"が思い出されて、涙が流れてくる。そんなにも、このCDは、美しく、悲しい、つらい。

 6曲目"Now You Are Found(1962-1999)"は、このCD唯一のオリジナル曲。僕たちは1葉の写真を見ることができる。幸せな家の庭先、男の子は撮影者を意識し照れながらシャボン玉を吹きおすまし顔、その横で姉は少し生意気な表情で含羞み笑い、並んでしゃがんでいる。この写真がすべてだ。いつもいつも悪夢を見せ落ち込ませるたくさんの妄想から、彼女を解放すること。内面の人Joelは、その全身全霊をこのアルバムに込めた筈だ。「ちゃんと見ているからね。もう大丈夫だからね」。Joelは語り続ける、1999年にヘロイン中毒から自ら命を絶ってしまった最愛の姉のために。「見つける」のが遅くなってしまったことを悔いても悔いても悔い足りないかのように。

 自分のためだけに音楽をやりたいと言ってSilkwormを抜けた天才Joel rl Phelpsが、その奇跡的なアルバム"Warm Springs Night"で見せた悲しくも陽気な世界の先に、この美しい、本当に美しい作品が残されている。・・・そしてJoelは、今のところ、次のことを何もしていない。

 WEB上の掲示板にはJoelを待つファンの切実な声が書き込まれている・・・ときどき思いだしたように。「お願いだから、ねえJoel、もう一度戻ってきてよ、私にはあなたの音楽が必要なのよ」と。
 ・・・まったくだ。